【家紋名】 五七桐
フォローする
桐
ゴマノハグサ科の落葉高木であるキリの花と葉を図案化したもの。豊臣家の紋として有名であるが、もとは菊紋と同様に皇室が使用する紋であった。
五七桐 の有名武将・大名
豊臣氏
喜連川氏
宗氏
足利氏
今川氏
宇喜多氏
小早川氏
榊原氏
伊達氏
鍋島氏
福島氏
本願寺氏
本庄氏
前田氏
毛利氏
最上氏
島津氏
家紋ドットネットに掲載されていない家紋を調査、デザイン作成(有料)も可能です。ご相談の方は以下よりお気軽にお問い合わせください。
個人の方はこちら
法人の方はこちら
※当サイトはリンクフリーです。お気軽にSNS、ブログ、掲示板にリンクをお貼りください。
※法人の方で家紋画像の利用を希望される方は、問い合わせ窓口にご連絡をお願いいたします。
※家紋の解説などの家紋データをご利用される場合は、「参考資料 家紋ドットネット」「家紋ドットネットより引用」「出典 家紋ドットネット」などと記載、そしてURLへリンクしていただき、自由にご活用ください。
※引用元の記載なく無断での商用利用(ニュースサイト,Youtubeなどの動画,まとめサイトなど含みます)は利用規約に反するため、問い合わせ窓口にご連絡頂くか、又は「参考文献 家紋ドットネット」のクレジット表記とURLリンクのご協力をよろしくお願いいたします。
スポンサーリンク
| 五七桐 みんなの家紋のはなし |
|---|
|
【名字】木下
【都道府県】東京都 後陽成帝から下賜された家紋を受け継いだ一族の末裔だが、豊臣姓の木下を名乗る前は平氏杉原性を名乗っていた。 杉原孫兵衛の妹が浅野家の養女となって後の豊臣氏の北政所高台院となった縁で木下姓を名乗るに至り、維新後も二家が子爵家として名を残した。 系譜は徳川幕府が編纂した寛政重修諸家譜にも記されている。 元々は平氏であり豊臣政権下で豊臣姓となっているが、子孫を残す多くの地域では平氏と豊臣氏の両姓を名乗っていた家もあるようで、肥後豊後備中にその形跡がある。 子爵家の墓所は足守と日出にあるが、一族の一部は高台院終焉の地でもある京都東山高台寺に墓所を構えている。 なお、日出の昭和時代の当主は天皇陛下(裕仁陛下)の御学友であった。 |
|
【投稿日】2026/01/29 19:54:41 【投稿者】ヂイさん |
|
【名字】堀越
【都道府県】静岡県 【八幡太郎義家】流 |
|
【投稿日】2023/06/14 19:39:15 【投稿者】テッシーさん |
|
【名字】若槻
【都道府県】長野県 清和源氏義家流。足利氏、最上氏がこの家紋。 |
|
【投稿日】2023/05/29 17:21:09 【投稿者】治彦さん |
|
【名字】堀越氏
【都道府県】静岡県 清和源氏義家流、【五七花桐】 |
|
【投稿日】2023/05/27 08:40:49 【投稿者】治彦さん |
|
【名字】油布
【都道府県】大分県 豊後国吉野の士族 |
|
【投稿日】2015/08/18 20:36:52 【投稿者】vakaさん |
| みんなの家紋のはなし 投稿 |
|---|
「みんなの家紋のはなし」に書きこむには、ログインが必要です。
|
年間・半期トレンドランキング

蔓桔梗
中陰裏桔梗
丸に違い丁子
重ね花形源氏車
葉
糸輪に岩に若竹
丸に七つ星
五瓜に抱き茗荷
石持ち地抜き檜扇
右向き変わり揚羽蝶
中輪に足付き細違鷹の羽
結び唐花
丸に十字_
糸輪に覗き五三桐
丸に土佐柏
組井桁
右二つ巴
花轡
重ね三階菱
和
丸に六つ葉蕪
変り抱き柊
糸輪に法螺貝
五瓜に九枚笹
三階菱
陰の笹竜胆
四つ割り葵
杏葉葉牡丹
割り蓮の花
菱に二つ引き
石持ち地抜き五三桐
隅入角剣片喰
鷹取瓜
糸菱に覗き陰片喰
関ケ原家康兜
半菊に一の字
丸の内に一つ引き
違い鷹の羽
五つ蕨
丸に剣葵
浮線羽団扇
岩城立て引き
丸に抱き角
割り対い花菱
二つ割り錨
一つ蓑丸亀
一つ蓑亀丸
八重裏桔梗
中陰結び蔦
陰細笹竜胆
変わり沢瀉巴
藤輪
利休桐
三つ盛り左三つ巴
組平井筒
八つ丁子
変わり卍
四つ蔓柏
山城桔梗
立字立鼓
丸に野菊
中陰州浜
丸に変わり切竹笹に笠
柳生笹
銀杏蝶
丸に三つ引き
総陰竜胆車
光琳の玉
七本矢車
平角雨龍
光琳州浜
丸に稲妻
四つ鎌車
違い羽箒
雪持ち轡
三つ追い柏
六本源氏車
井筒に五三桐
丸に三つ葵
入れ込み抱き茗荷
頭合わせ三つ丁字
六つ矢筈
丸に四つ目菱
五つ瓜に十六葉菊
保
蟹菊
枝蔦
一筆梅
割り菊
若菜上
青山銭
丸に三つ柏
橘の角字
鞠挟み
折敷に揺れ三文字
弧持ち抱き沢瀉
八咫烏
一つ松
七宝に井筒
中陰対い割り菊

花菱
丸に剣片喰
丸に立ち沢瀉
三つ藤巴
丸に抱き茗荷
下がり藤
丸に隅立て四つ目
丸に揚羽蝶
丸に右重ね違い鷹の羽


丸に違い鷹の羽
丸に九枚笹
九曜
丸に二つ引き
丸に木瓜

