【家紋名】 菊に一文字
フォローする
菊
菊の花弁が陽光に似ているところから、日本では天皇家の紋章として使われた。鎌倉時代、後鳥羽上皇がとくにご愛用になったことから代々受け継がれてきたといわれる。明治4年、皇族以外の菊紋使用禁止令が出された。
家紋ドットネットに掲載されていない家紋を調査、デザイン作成(有料)も可能です。ご相談の方は以下よりお気軽にお問い合わせください。
個人の方はこちら
法人の方はこちら
※当サイトはリンクフリーです。お気軽にSNS、ブログ、掲示板にリンクをお貼りください。
※法人の方で家紋画像の利用を希望される方は、問い合わせ窓口にご連絡をお願いいたします。
※家紋の解説などの家紋データをご利用される場合は、「参考資料 家紋ドットネット」「家紋ドットネットより引用」「出典 家紋ドットネット」などと記載、そしてURLへリンクしていただき、自由にご活用ください。
※引用元の記載なく無断での商用利用(ニュースサイト,Youtubeなどの動画,まとめサイトなど含みます)は利用規約に反するため、問い合わせ窓口にご連絡頂くか、又は「参考文献 家紋ドットネット」のクレジット表記とURLリンクのご協力をよろしくお願いいたします。
スポンサーリンク
| 菊に一文字 みんなの家紋のはなし |
|---|
|
【名字】奈須
【都道府県】大分県 「菊に一文字」は、間違いなく「那須(奈須)」家の家紋です。私がその末裔に当たります。九州の大分市にお越しください。ほぼ、昔より那須(奈須)の名字を持つ者か、後藤姓を名乗る者が多く在住しております。国立国会図書館の デジタルライブラリーから、検索確認する事ができます。栃木県の一部を支配していた豪族だったと聞いております。今でも、栃木県大田原市では、「那須与一まつり」を行っているのではないでしょうか。鎌倉時代、平家討伐の為、九州奥深くまで探索し、各々土地に根付いた那須一党の武士達がいたことになります。 私がお守りしているご先祖の御墓の墓石には、この「菊に一文字」が彫られています。歴史的事実です。ただ、当サイトで見られる「菊に一文字」の紋章は、「一(いち)」と画かれたその筆跡の様な形式は、やや正式な那須(奈須)家一党の「一(いち)」とは異なると思います。国会図書館の家紋一覧と比してください。もう少し、細くすっきりとした(私見)「一(いち)」になります。私は今、所持している奈須家の家系図(那須与一は既に書き込まれています。)の完成を目指しております。その為、今入手できる限りの戸籍を追究しています。私の名字は「奈須」になります。狂言演目の「奈須与一」の奈須になります。 |
|
【投稿日】2020/10/19 10:22:30 【投稿者】九州奈須一族末裔さん |
| みんなの家紋のはなし 投稿 |
|---|
「みんなの家紋のはなし」に書きこむには、ログインが必要です。
|
年間・半期トレンドランキング

梨切り口菱
左一つ巴
男
抱き帆
三つ追い花菱巴
陰武田菱
丸に野菊
有識花菱
十六重ね菊
三つ河骨
痩せ唐花
丸に木の字__
三重輪
細桔梗
四つ羽
清末沢瀉
三つ芭蕉
対い橘
黒餅
一二文字
王の字
裏片喰
裏菊菱
丸に幣
杜若に水
金子守
対州桐
浪に燕
割り菊
梅鶴
菊鶴
堤盤
三つ盛り炭の切り口
三つ追い菊の葉に菊
丸に剣花菱
丸に左三階松
千重菊
三つ寄せ菊菱
天台宗菊輪宝
中輪菊に一の字
一つ折れ丁字
外八つ鐶に十六菊
十六剣菊
四つ割り菊に葉付き菊
石持ち地抜き茶の実
喜
圓
登
組み井桁
丸に割三引両
変わり枝橘
中村銀杏
捻じ稲妻菱
抱き稲に三つ星
二つ追い掛け稲菱
四つ稲妻
違い剣
結び付抱き稲
角立て稲妻
糸輪に輪鼓稲妻
糸輪に四つ稲妻
細輪に四つ稲妻
中輪に隅立て稲妻
平井筒に稲穂
角立て重ね稲妻
三つ稲妻亀甲
稲妻車
河
隅立て紗綾形稲妻
抱き稲に抱き沢瀉
丸に右離れ立ち葵
隅立て稲妻
稲妻三つ巴
抱き稲の中に梅鉢
稲丸に一
抱き稲に桔梗
糸輪に五つ稲妻菱
抱き稲に橘
角立て結び稲妻
抱き稲に片喰
抱き稲に井桁
丸に平稲妻
角立て紗綾形稲妻
中輪に稲妻菱
二つ追い掛け稲の丸
井筒に二つ穂稲の丸
石持ち地抜き稲妻菱
反り稲妻菱
稲荷抱き稲
三つ盛り平稲妻
稲光付き四つ稲妻
角立て市松稲妻
七宝に花菱
右廻り一つ稲の丸
丸に稲妻
丸に変わり抱き稲の笠
丸に抱き稲
五本立ち稲穂
菊輪に抱き菊の葉
中陰七宝に星中陰片喰

丸に木瓜
松葉菱に覗き帆
丸に太九枚笹
中陰剣片喰
丸に蔦
丸に違い鷹の羽
丸に隅立て四つ目
丸に橘
丸に二つ引き
丸に四つ目菱
丸に抱き茗荷
九曜
違い鷹の羽


丸に剣片喰
左三つ巴

